主催:浦和バル実行委員会

協力:浦和レッドダイヤモンズ/ 東日本旅客鉄道(株)大宮支社 / さいたま市 / さいたま商工会議所 / (公社)さいたま観光国際協会

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FOOTBALL TOWN STORY

100年以上前から浦和ではサッカーボールが蹴られていた。
サッカーの街・浦和の歴史

埼玉師範学校・蹴球部

浦和とサッカーで多くの人がイメージをするのは、サッカーJ1リーグに所属する、浦和レッズではないでしょうか。浦和レッズは、さいたま市をホームタウンにしており、最も熱狂的なサポーターに支えられている人気チームです。その浦和レッズ以上にこの街のサッカーの歴史は深いことをご存知でしょうか。

1908年に埼玉師範学校(現埼玉大学)に細木志朗先生が着任して、蹴球部創設してサッカーの指導を始めました。それが埼玉サッカー発祥と言われており、それ以来、この街ではサッカーが親しまれてきました。さらに細木先生の指導を受けた生徒たちが地域の学校の教師となり、サッカーを指導して拡がっていったことから、サッカーの街が形成されたと言われています。
 

細木志朗先生

​埼玉師範学校・鳳翔閣

高校サッカーでは県立浦和高校、県立浦和西高校、市立浦和高校、市立浦和南高校の「浦和4校」を中心とした学校がしのぎを削って、実力を高め合い、同一市内での全国優勝回数は、21回と前人未到の成績を残して「埼玉を制するものは、全国を制する」と言われました。


現在も浦和には各小学校に31ものサッカー少年団が活動しているのも、この街がサッカーの街だといえる象徴でしょう。「サッカーを通じて人間教育」を行うという浦和のサッカー文化がここにも息づいています。

その後1992年Jリーグが開幕して浦和レッズが誕生しました。2003年にナビスコカップ(現ルヴァンカップ)で初タイトル。2006年にはJリーグ初優勝を果たすと、2007年にはACLでアジア初制覇。クラブワールドカップ3位にも輝きました。

 

現在も長く浦和に息づくサッカー文化を背景に、浦和レッズは日本で最も熱い声援を受けるチームとして活躍をしています。

埼玉師範学校の象徴的な校舎である、鳳翔閣。埼玉師範学校は、埼玉サッカーの発祥の地として歴史が残っていることから、浦和レッズのエンブレムにもこの鳳翔閣を模したデザインが施されています。この建物は、現在、さいたま市緑区三室に浦和博物館の建物として復元されています。